画像元:https://www.instagram.com/dachoclub_official/
今週木曜日のアメトークに、
ダチョウ倶楽部の上島竜兵さんが、
還暦を祝ってもらいます。
身を切るボケとツッコミを
繰り出す一方、
後輩芸人への面倒見がよく、
有吉さんやカンニング竹山さんなど、
多くの芸人に慕われ、
老後の世話をしたいと願っている。
では、ほかの二人はどうか?
まずはリーダーの肥後克広さん。
常にひょうきんな表情を浮かべ、
上島さんを容赦なく地獄に落とす軽さ。
実際はどうなのか調べたところ……
肥後克広の簡単な生い立ち
画像元:https://youtu.be/SvkhGh05Vzg
肥後克広さんの簡単な生い立ちを書きます。
1963年沖縄県生まれの2021年時点で58歳。
え、上島さんより二つ下なの!
上島さんが一番下だと思っていました。
むしろダチョウ倶楽部は上島さんが一番年上で驚き。
沖縄県立那覇工業高校に通いながら、アルバイトをこなしていた。
お父さんが中学校でお亡くなりになられ、
学費と生活費の両方を稼いでいたのです。
高校を卒業した後、上京してデザイナーとして働いていたものの、
半年で仕事を辞めて沖縄に帰郷。
お笑い芸人として再び上京し、演芸会に入りながら腕を磨いていた。
1985年にコント赤信号のリーダー、渡辺正幸さんに呼ばれ、
気が付いたらダチョウ倶楽部を結成し、リーダーになっていたのです。
肥後さんはダチョウ倶楽部の中で最も背が高かった。
それでリーダーになり、現在へ至ります。
肥後克広の天然さを醸し出すエピソード:バイト
画像元:https://youtu.be/AygSi0tSmEg
肥後さんのボケについて視聴者はもちろん、周りから見ても、
「あんた、なんでそれするん?」
奇怪な行動をとるとのこと。
例:衣類に湿布を貼る、靴の上からカイロをはる
一般常識をまともに答えられず、笑われる.
源頼朝を「げんていちょう」と呼ぶ他
お笑いでなく素のままでも十分に面白いと、
ダチョウ倶楽部ファンのブログや知恵袋、ツイッターほかに書いてありました。
僕も肥後さんといえばつかみどころのない芸人で、
上島さんをドッキリ地獄に落としたときも、
肥後さんは何事もなかったのごとく、ひょうひょうと展開を進める人です。
画像元:https://youtu.be/XdnAwqe5TC8
肥後さんの天然について
「もしかして、これかなあ~」
僕が思うところがあったので、一つ書きます。
まず沖縄県出身であること。
ダチョウ倶楽部は肥後さんのみ沖縄県で、残りは兵庫県出身です。
沖縄県といえばいい意味でも悪い意味でも
「ゆるくて陽気」な雰囲気を持っています。
沖縄という空気–日本や中国、米国など異文化の交流地点–が、
ゆる~い空気を作るのか? 温かいから陽気になるのか?
そこらはわかりませんが、
沖縄県出身でない僕から見て、沖縄の人は緩さを感じる。
そこから天然さこと、
「このくらい、キチキチしなくてもいいよね」
を出しているのではないか?
もちろんすべての人がそうとは言いませんよ。
あくまでも僕が感じる印象です。
アルバイトに見える肥後さんの天然さ
画像元:https://www.baitoru.com/contents/star/44/index.html
もう一つ、学生時代のアルバイトエピソードに、
肥後さんの天然さが見えるなあと感じました。
バイト情報誌バイトルのインタビューによりますと、
生活費や学費だけのためでなく、
8ミリ映写機やバイクも欲しくて、たくさん仕事をこなしたと。
肥後さんはバイト生活を続けてこれた。
理由は単純、楽しかったから。
バイト生活が「楽しい」といえるのも、僕からすると天然だなあと思うのです。
肥後さんによりますと、
アルバイトしていた場所に同級生が10人もいた。
部活のノリで楽しんだのが一つ。
軍歌酒場では軍人のコスプレをしながら、
ウェイターとして働いていたとのこと。
そこで軍人さんからいろいろ教えてもらった。
敬礼の仕方、米軍のしきたりなどを知るうち、
知識欲が高まって「楽しい」と感じるようになった。
他にも遊園地でお化けとしてアルバイトをしていた。
ヤンキーを驚かすのが一番面白かったと述べています。
肥後さんの天然さは目の前の仕事に面白さを見出し、
突き詰めていく姿勢だと考えています。
目の前の仕事について全力だけでなく、
少しでも楽しめるようにアイディアを巡らすの、
天然な性格だからできると思っているのです。
何でもかんでも計算すると非効率で、
楽しさよりも辛さしか出てきませんもの。
その一つを示すエピソードがこちら。
天然だから今も生き残れる
画像元:https://ten-navi.com/dybe/5625/
フラッシュにあった肥後さんのインタビューにて、興味深い文章がありました。
肥後さんでもネタ作り、ネタについて悩む時期があった。
そこで先輩の所ジョージさんがアドバイスを送ったのです。
「ダチョウ倶楽部に求めているのは遊びであって、ネタではない」
この一言に肥後さんはもちろん、
ダチョウ倶楽部がどう芸能界で生き残るべきか?
道が見えたと述べています。
ネタという人工物でなく遊ぶという天然さを表に出す。
肥後さんの天然さも「遊びの一環」であり、決してネタではない。
天然さこそ彼らにとって一番最高のパフォーマンスだから。