松井秀喜のホームラン数がメジャーと巨人でここまで違うとは!

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昨日、松井秀喜元選手の年俸一覧を調べました。
メジャーリーグは日本の野球に比べると太っ腹ですね。

今回は松井秀喜選手のホームラン数に目を向けます。
ゴジラといえば安打でなく本塁打が一番であり、
ホームランを打つ彼に僕もしびれたものです。

そこで巨人時代とメジャー時代の本塁打を調べました。

僕が一番気になる個所は一つ。

「メジャーと日本リーグの難易度」です。

 

松井秀喜のメジャーでのホームラン数は?

画像元:https://www.sanspo.com/mlb/japanese/matsui-h/profile.html

松井秀喜さんはメジャーへ移籍してからどうなったのか。
公平を期すために、試合数と本塁打数、そして本塁打を試合数で割り、
1年間における1試合の本塁打率をだしました。

本塁打のみに目を向ければ2004年の31本が最高となります。
本塁打/試合数で見ると2009年が高い。

とはいえ2009年と2004年の誤差は0.3%ほどです。
メジャーでもいい成績を残しているじゃありませんか。

試合数もあって2006年と2008年の本塁打率が低いですね。
さすがに引退前のレイズでは全盛期に比べると、良い成績を残せなかった。

自分の限界を知り、引退を決める。
松井秀喜さんの心の中でいろいろ踏ん切りがついたのでしょうね。

人間、生きていて何が難しいかといわれたら、
自分の現実を知り、認めることです。

特に年を取ると、なかなか認められないのですよ。
今までのプライドが邪魔をして。

松井秀喜さんがきっぱり引退できたのも、
冷静に物事を観察できる傾向があったのかなと思っています。

例えばお金に関するお話では、
お釣りに対する妥協も許さず、自分を理解しています。

自分の引き際を見極められるからこそ、
引退した後も良い仕事と生活を得ていると思っています。

※松井秀喜さんの現在のお仕事は、
ニューヨーク・ヤンキースGM特別アドバイザー。

 

松井秀喜の巨人でのホームラン数は?

次に巨人戦での本塁打や試合数を見ていきますと、
2002年の50本が最高本塁打数であり、
1試合の本塁打率も2002年が最高となっていますね。

2001年でいったん本塁打率が下がるのですが、
翌年は大きく上がり、何があったのでしょうか?

調べたら病気でも何でもなく、
むしろ2001年4月12日の中日戦にて、
1000試合目の出場で通算250本塁打を打ったのです。

これだけいい成績を残したのだから、
メジャーリーグで自分の実力を試したいと思ったのも当然です。

たとえメジャーでよい結果が出なかったとしても、
挑んだだけでもすごいし、良かったと思っているのです。

※数値を見ると、巨人にいたほうがいい成績を残せただろう。

彼の挑戦を見ると、この開拓者は本当にすごかった。
彼がいなければ松井秀喜選手も挑まなかったでしょう。

 

巨人とメジャーでの成績を比較した結果

画像元:https://youtu.be/QaJMJG_1qlc

やっぱりメジャーは超一流がそろっているな
日本野球のように、簡単に本塁打を出させてくれないなあ

メジャーは化け物がそろっているなという事実を、数字によって認識したのです。

数字って怖いですね。心の中ではよい結果を出しても、
数字では"本当によかったのかどうか"が現れますから。

松井秀喜選手はきちんと本塁打を出しているけれど、
日本野球時代に比べると、ホームラン量が減っています。

三振数も多いかと思ったら、むしろ三振は巨人にいたほうが多く、
メジャーに行くと安打(ヒット)を良く出しているのです。

知恵袋など色々調べると、
「松井秀喜はろくに結果を出していない」たたく人がいましたが、
僕から見ると、十分に結果を残しております。

 

松井秀喜を敬遠させた伝説の甲子園

画像元:https://youtu.be/cpAMjCSLT1A

松井秀喜元選手の伝説は甲子園時代から始まっていました。
甲子園の初戦であたった高校に対し、
松井秀喜選手は2打席連続本塁打をかましたのです。

次の試合の明徳義塾では全打席敬遠を行い、
松井秀喜選手の力を封じ込め、明徳義塾が勝ちました。

これを卑怯というのもありですし、
戦略としてはとても正しいという考えもありです。

試合後、明徳義塾は批判にさらされ、殺害予告もうけ、
次の試合ではぼろ負けしました。

明徳義塾の監督は「一人だけプロ野球選手がいる」述べ、
彼の実力を大いに評価し、畏れています。

明徳義塾へ批判したくなる気持ちもわかるし、
監督が取る戦略も理解できる
ので、
この件に関して僕はノーコメントを貫きます。

なおこちらの選手も甲子園時代は化け物でした。
今は中日で勝利投手となり、頑張っています。